肺癌かも?と言われたら・・・

まずご理解いただきたいこと

 肺癌を確実に診断することはとても難しいことです。口からお尻までの消化管では、食べ物の通り道になっているのでそこに内視鏡(胃カメラや大腸カメラ、カプセル内視鏡など)を入れると、中に何があるのか見ることができます。見ることができればそこから細胞や組織を採取し、診断をつけることはそこまで難しくはありません。女性の乳房の場合には内側を見るとはいきませんが、体の表面から近いため超音波で観察しながら針を刺して細胞や組織を採取することができます。すなわち消化管や乳房の場合には、特別な状況を除いて癌なのか癌ではないのかがわかります。

 

 しかし肺の場合にはそううまくいきません。

 

 肺内の気管支はとても細く、内視鏡(気管支鏡)では肺の入り口付近までしか行けません。組織採取用の特殊な道具や気管支用の超音波で病変にアプローチできますが、正確に病変をとらえられる確率は決して高くありません。

 他にはCTガイド下生検という方法がありますが、この方法は肺を直接針で刺すため時には危険な合併症を伴うこともあります。また刺した針の穴を伝って癌が胸の中へ飛び火するという報告もあります。

 健康診断や持病のための検査で偶然肺に影が見つかり肺癌かもしれないと言われたら、確実な診断が難しい以上、いろいろな種類の検査を行いその結果から診断の候補をしぼっていきます。

 下のCTは、どれも健康診断か持病に対する検査で偶然見つかり、肺癌の可能性が高いといわれた方です。お示ししたCTだけではどちらも肺癌の可能性がありますが、その他にたくさんの検査を追加した結果、1つ目は実際に肺癌で、2つめは肺癌ではありませんでした。

肺癌だった

肺癌ではなかった


肺癌だった

肺癌ではなかった


疑わしい病変に対する検査

血液検査

 血液検査で癌を診断できるような数値はありません。腫瘍マーカーといわれる数値も、早期の癌では正常です。血液検査では、癌以外の病気の可能性を探る目的のほうが大きくなります。

 

 調べることの多い項目として、腫瘍マーカー数種類(癌)、T-SPOT(結核)、MAC抗体(抗酸菌症)、β-Dグルカン・他(真菌/カビ)、KL-6(間質性肺炎)、IgG4(IgG4関連疾患)、可溶性IL-2受容体(悪性リンパ腫)、リウマトイド因子・他(膠原病、自己免疫性疾患)、プロカルシトニン(細菌感染)、Dダイマ(肺血栓塞栓症)などがあります。必ず全てを調べるわけではありませんが、疑わしいものは一通り検査します。

喀痰検査

 肺癌が疑われる場合には、気管支からでてくる痰(たん)を検査します。痰の検査によって肺癌や肺炎、結核などがわかることがあります。

 ただし咳などの症状がなけば痰はうまくでないため、かならずいい検査が行えるとは限りません。また、肺の奥深くにある病変の場合には口まで出てこないことがあります。

PET-CT

 PET-CTとは、FDGという物質(放射線で印をつけた特殊なブドウ糖)を注射し、CTを撮影します。そうすると、体の中で糖分の代謝が活発になっている部位に反応がでます。

 癌では糖分の代謝が活発になっているので、強く反応することがあります。ただし、強い炎症や感染症でも同じように糖分の代謝が活発になっているため、区別できないことがあります。

 また、癌でもサイズが小さいもの(特に1cm未満)のものはとらえきれないことがあります。

 糖尿病で普段の血糖値が高い人は検査できません。

肺癌だった

肺癌だった


強い反応があったが、肺癌ではなかった

(非結核性抗酸菌症)


頭部MRI、腹部CT、骨MRI、各部位の超音波検査など

 肺癌は、全身のあらゆる臓器に転移する可能性があります。そのため全身をくまなく検査し、他の臓器にも病変が見つかった場合には診断の手がかりとなります。

 癌と診断された場合でも、転移の有無は治療方針に大きく影響するため、全身の検査は重要です。

数か月後のCT

 やはり癌の決め手に欠ける場合は、数か月そのままにし、CTの再検査を行う場合があります。癌の場合には数か月の時間では変わらず残っているか、数ミリ単位で大きくなります。形が大きく変わったり、小さくなったりした場合には他の病気を考えます。

 

 癌を疑っているのに数か月何もせずに様子を見ることは、その間に進行して手遅れになるかもと心配される方もいるかと思います。しかし、適切に判断を行えば経過観察によってその後の治療や寿命に影響することはほとんどありません。

 当初は肺癌かどうかの判断がつかなかったため、3か月後、半年後、1年後の3回様子を見たところ、少しずつ大きくなってきた。

→肺癌をより強く疑いCTガイド下針生検を行ったところ、診断は肺癌だった。

*これより下は、侵襲的処置という体に負担のかかるものや危険な合併症の可能性がある検査です。入院が必要になります。

気管支鏡検査

 口から気管へといれる内視鏡のことです。気管・気管支の中の様子を観察することができますが、前述のとおり気管支は細く、肺の入り口付近までしか観察できません。

 気管支鏡から細いワイヤーを肺の奥へと進め、奥の病変から細胞を取ってくる(気管支鏡下肺生検)方法や数ミリの大きさの超音波機械を挿入する方法(経気管支超音波検査)があり、見えない場所からも病変を採取することができますが、正確に病変をとらえられる確率は決して高くなく、過去の報告では50-70%くらいです。また、もし癌細胞がとれていなかった場合に果たして目的の病変を正確にとらえた結果なのか、そもそも目的の病変をとらえられなかっただけなのかがわかりません。

 中枢型肺癌(肺の入口により近いもの)には有効性が期待できます。

CTガイド下針生検

 リアルタイムでCTを撮影しながら、体の表面から肺に向かって針を刺す方法です。CTでみながら針を刺すため診断率は比較的高い検査ですが、正常な肺そのものを貫通するため、気胸(肺がやぶれる)や血胸(胸の中に出血する)などの危険があります。頻度は低いですが、針を刺した時に肺の血管へ空気が押し込まれる空気塞栓という合併症もあります。空気塞栓は非常に重篤な合併症で、時に命にかかわることがあります。

 また刺した針の穴を伝って癌が胸の中へ飛び火するという報告もあります。

肺癌を疑う病変

胸の壁と肺を貫きつつ病変から組織を採取する

(うつ伏せのため、上下左右が逆に見えています)


胸腔鏡下肺部分切除

 全身麻酔の手術です。病変が含まれる部位を肺の一部と一緒に切り取ります。切り取った病変は病理検査(顕微鏡)で調べ、診断を確定します。癌なのかそうでないかの診断はほぼ確実に行うことができますが、全身麻酔の肺切除になるため、それに伴うリスクがあります。

 この部分的な切除はあくまで検査の目的ですので、肺癌の治療には十分でありません。病理検査の結果、癌と診断が決まれば再度手術が必要になったり抗癌剤が必要になったりする場合がほとんどです。また、他の病気(結核など)の場合でも、改めて治療が必要になることがあります。

 胸腔鏡下肺部分切除は、病変の大きさや場所によって行えないことがあります。

CBCT併用手術

 Cone-beam CT (CBCT)と呼ばれるポータブルタイプのCTがあります。CBCTは放射線科の領域で、CTで病変を確認しながら体の中へ針を刺して細胞を採取したり治療を行ったりするためや、脳神経外科や心臓血管外科におけるカテーテルによる血管内治療に使用するために広く普及しています。

 

 肺の病変では、病変の形態やサイズが小さい場合、表面から距離がある場合などに手術中に目的の病変が見つからないことが時折あります。そのような病変に対して、手術中にCBCTを使い目的の病変をCTで確認しながら切除する方法があります。

 私達は、このCBCT併用手術(通称ハイブリッド手術)を数多く経験しており、有効性だけでなく安全性(多くの患者さん達のご協力の元、X線被ばく量の測定も行いました)についても問題ないことを国内外の学会や論文で発表しています。

 

 ただし、この方法はCBCTを備えた特別な手術室が必要になることや、始めてまだ日が浅いためすべての外科医が賛同しているわけではありません。そのため日本中でも限られたごく一部の施設しか導入していません。

手術中の迅速病理検査

 手術中に病変の細胞を一部採取し、その場で顕微鏡検査を行う方法です。ただこの顕微鏡検査は簡易検査ですので、その後改めて顕微鏡検査を行い最終的に診断が違うものだったということがあり得ます。

 通常、病理検査には組織をより見やすくするための処理が必要で、それには数日かかります。さらにその後は数人の病理医で検討するため、早くても結果がでるまで合計で10日ほどかかります。迅速検査ではそれらの処理を簡素化し30分程度で結果を出すため、詳しい情報はわかりません。また診断が違っていたということが後でわかることもあります。

 

 迅速病理検査の最大の利点は、癌であった場合にそのまま癌としての手術を行うことができるので、後日手術をやりなおす必要がありません。ただし、前述のように手術が終わってから診断が違っていたことがわかり、結局手術をやりなおす必要ができたり、必要のない手術を行ってしまう可能性があります。これは誤診や医療ミスではなく、この検査の限界です。このことに不安や疑問を感じる方は、お勧めいたしません。

 

 目的の病変が小さい場合は、迅速病理検査をすることで後日行う本格的な病理検査の時に組織の量が足りなくなるため、迅速病理検査は行いません。