肺癌(疑いを含む)の手術

肺癌のステージ

0期:

  • 上皮内癌(癌細胞が周囲の正常構造を壊す前段階・非浸潤癌ともいう)

I期:

  • 肺癌が肺内に限局し、4cm以下。かつリンパ節転移がない。

II期:

  • 肺癌が4cmを超える。
  • 隣り合う構造へ浸潤している。
  • 同じ肺葉内に転移がある。
  • 近く(肺内・肺門)のリンパ節に転移がある。

III期:

  • 肺癌が7cmを超える
  • 重要臓器(心臓、大血管、神経など)へ浸潤している。
  • 同側の他の肺葉へ転移がある。
  • 遠方(縦隔・頸部・反対側)のリンパ節に転移がある。

IV期:

  • 反対側の肺へ転移がある。
  • 癌による胸水/心嚢水がある。
  • 遠隔転移がある。

シアン:肺内リンパ節

黄:肺門リンパ節

赤:縦隔リンパ節


肺癌の標準的な治療方針

I期: 手術療法

II期:   手術+抗癌剤による術後補助化学療法

III期:  手術+抗癌剤による術後補助化学療法

    放射線+抗癌剤による化学療法

IV期:  抗癌剤による化学療法

  • I期では、肺内の腫瘍はどこにも転移していないので治療は手術のみです。ただし、腫瘍の大きさが2cmを超える場合、術後に飲み薬の抗癌剤を2年間服用することがあります。治療は外来で可能です。
  • II期とIII期の術後補助化学療法は、点滴による抗癌剤治療が必要になることがあります。手術から1-2か月経過し、体力がある程度回復した時点で開始します。治療には入院が必要になります。
  • 術前化学療法に対する適応はさまざまで、その人の癌の広がりや部位によって提案させていただくことがあります。
  • III期の中には手術で取れるものと取れない(癌の進行のため)が混じっています。内科医や外科医、放射線科医など関係する専門家が合同で話し合って個別に提案させていただきます。
  • IV期の場合、肺以外に転移が確認されているため手術で取ることは不可能で、抗癌剤による治療になります。ただし、最新の知見ではある特殊な場合において手術が有効であることが知られています。

重要:手術を行う患者さんの場合、ステージは手術後の病理検査(顕微鏡の検査)によって決まります。手術前のCTやPET-CTなどの検査では、顕微鏡でしかわからないようなわずかな転移はわからないからです。また、喫煙者や結核にかかったことのある人、職業でアスベストや粉塵を吸入したことがある人は、癌のリンパ節転移なのか、癌以外のリンパ節の炎症なのか区別することはとても難しいのです。したがって、手術前にはI期だと判断されていたのに、手術後にII期やIII期だったということ、または手術前にリンパ節転移があると判断されていたのに、顕微鏡で調べても転移はなかったというケースがあり得ます。

手術前と手術後でステージが違った場合、手術後のステージを優先します。

肺癌の標準手術

肺は、5つのブロック(肺葉)に分かれています

  • 右:上葉、中葉、下葉
  • 左:上葉、下葉

標準手術では、

  • 癌のあるブロックを切除します(肺葉切除)
  • 関係した領域のリンパ節を切除します(リンパ節郭清)

右上葉肺癌

右上葉切除

リンパ節郭清


  • 癌の広がりが大きい場合には、さらに大きく切除する場合があります(拡大手術)
  • 全身状態(持病や喫煙など)によっては、体に負担をかけられないために小さく切除せざるを得ない場合があります(縮小手術)

肺癌の縮小手術

標準手術(肺葉切除+リンパ節郭清)より小範囲で手術を行うことを縮小手術と言います。

  1. 全身状態(持病や喫煙状況、年齢)により、標準手術は危険、または手術後の生活に大きな支障がでると判断された時(消極的縮小手術;標準手術に比べると不十分な内容になってしまいますが、患者さん個人の状態にあわせて判断した結果です)
  2. 術前検査の結果、肺癌以外の可能性が高い、またはまだ前癌状態にあるか、限りなく早期の肺癌である可能性がある時(積極的縮小手術;標準手術より小さく取ることで、できるだけ肺を残すことができますが、術後の病理結果によっては再手術(追加切除)が必要になることがあります)

*2期的手術とは:手術を計画する時点で手術を2回にわけ、1回目に小さく取り診断を確実にし、2回目で治療目的の手術を行うことです。肺癌以外の良性病変の可能性がある程度残っている場合、あるいは診断を確実なものにしてから治療に臨みたい方にお勧めしています。

右上葉腫瘍

部分切除


肺癌の手術法

  1. 胸腔鏡手術
  2. 開胸手術(胸腔鏡補助)
  3. ロボット手術

胸腔鏡手術

1つの傷の大きさが8cm以下の手術を胸腔鏡手術と言われています。

 

2-3cmの傷を数か所つけ、そこから器具を挿入して行う方法や、7-8cmの傷とカメラの穴で行う方法、単孔式と呼ばれる5cmくらいの1つの傷で行う方法などいろいろあります。

 

施設や担当医によって得意としている方法が異なるので、手術説明を受けるときに確認してください。

長所:

  • 身体への負担が少ない
  • 傷が小さい

短所:

  • 手術中のトラブル(特に出血)への対処が難しい
  • 繊細な操作が難しい

開胸手術(胸腔鏡補助)

・肋骨と肋骨の間を広げて胸を開く方法です。

・肋骨の間が狭い人は、肋骨を1本切断します。

・10-15cmの傷になることが多いですが、癌の進展や手術操作の内容/範囲によっては、大きな傷になることがあります。

長所:

  • より高度な技術が可能
  • 手術中のトラブルへの対処がしやすい

短所:

  • (胸腔鏡に比べると)負担が大きい
  • (胸腔鏡に比べると)術後の痛みが強い

*進行肺癌(リンパ節転移が疑われる、癌が胸壁など肺の外まで進展している、癌のサイズが大きいなど)の場合には、胸腔鏡手術はオススメしていません。

ロボット支援下手術

・肺癌に対するロボット手術は、2018年に保険収載されたばかりで、まだ月日が浅いために確立した手技や有用性/安全性に関してのデータが十分とはいえません。

・ですが、最近は胸腔鏡手術と同等の有用性があるという報告が見られるようになってきており、問題なく行えるようになっています。

肺癌の手術後

しっかりと歩き、食事(栄養)を取ることが重要です。

  • 手術当日は集中治療室または病棟の回復ベッドですごしていただきますが、翌日の昼から通常の食事を食べていただき、しっかりと自分で歩いていただきます。

目的としては、術後の呼吸器合併症(肺炎や無気肺、それらに続発する合併症)を予防するためです。

  • 痰や手術中に出た気道/肺内への出血を排出すること
  • 残った肺をしっかりと拡張させること
  • 足腰の筋力を保持し、今後の生活レベルを出来る限り手術前に近づけること

これらの妨げになる原因は以下のものが挙げられます。

  • 手術後の痛み
  • 手術中/直後に使用したいろいろな薬剤による吐き気
  • 息苦しさや動悸

 入院中は担当医が対応いたしますが、これらの症状がゼロになることはありません。症状の強さを最大10とした場合、2-3程度を目標にコントロールします。症状は退院後も続くので、痛み止めの使い方や呼吸のしかたなどを入院中に担当医やリハビリスタッフにお聞きください。

胸腔ドレーン

  • 手術後には、胸腔ドレーンと呼ばれるチューブを胸の中に入れます。
  • このチューブは写真にあるバッグに繋がっており、手術後の出血やリンパ液の漏れ、空気漏れなどをモニタリングしています。
  • 手術後の経過が順調であれば術後2-4日で抜くことができますが、合併症が発生した場合は長期留置となることがあります。

 

ドレーンが抜け、大きなトラブルがなければ手術から1週間前後(胸腔鏡手術で5-7日、開胸手術で7-10日を目安にしています)で退院となりますが、最近では術後数日での早期退院を行っている施設もあります。

 


退院後の生活

 退院後は、術後の肋間神経痛や咳などの症状によって通学/通勤、職場復帰が可能です。しかし、胸に力を加えるような「いきむ」動作はしばらく控えておく必要があります。

 

 いきむ動作をすることは胸に強い圧力がかかり、肺を切った傷口が開いてしまうことがあります。しっかりと傷が固まるまでは2週間ほどの時間が必要ですので、無理はしないことをお勧めします。急激な気圧の変化にもご注意いただく必要があり、特に飛行機に乗る予定がある患者さんは、必ず担当医にご相談ください。

 

 運動や肉体労働に関しては、3週間目に軽い内容から始めていただき、1か月後に復帰するようにご説明しています。ただし、手術内容や術後合併症の有無によっても変わるので、具体的な療養計画については担当医にお尋ねください。

 

 また、肋間神経痛や咳、息切れは1か月でも治まらないことが多く、職場や学校では疲れた時に休める環境を作ることも必要です。

手術後の方針決定

手術でとった肺の病理検査結果によって今後の方針を決定します。

  • 病理検査の結果がでるまでには手術後2-3週間かかります。多くの場合は、退院後の外来で結果を説明させていただくことになります。
  • 病理検査によって、術前の臨床診断とは違う診断(肺癌と思っていたが実は良性の病変だった、良性と思っていたが実は肺癌だった、術中迅速病理と違う結果だった。)になることがあります。
  • 肺癌の場合、術前のステージと違う結果になることがあり、その場合は病理診断に基づくステージが最終ステージになります。
  • 最終的な病理診断によって、追加治療(再手術、抗癌剤、放射線)が必要になることがあります。
  • 肺癌と診断された場合、病理診断料とは別に遺伝子検査のための費用が発生します。(約15万円に対する、加入している保険自己負担分) 遺伝子検査は、再発した時など、今後抗癌剤による治療が必要になった時に、薬剤の選択のために重要な情報になるため、肺癌と診断された場合には検査させていただいています。
  • 遺伝子検査は手術で切除された組織で行われますが、数年が経ってしまうと正確な結果が得られなくなってしまう可能性があるため、手術直後に行うことが多くなっています。

手術における危険性・合併症

 手足の骨折の手術や、心臓の弁膜症の手術などでは、悪くなったものを直すことが目的なので、手術をする前よりも手術をした後のほうが元気(機能が良くなる)になります。

 しかしがんの手術では、癌ができた部位、それが肺のような人が生きていくために非常に重要なものであったとしても切除し、体から切り捨てなければいけません。そのため、手術前よりも手術後のほうが体の機能は悪くなります。ちなみに肺は、喫煙やなんらかの肺の病気によって壊されたり、手術によって無くなったりすると、その部分は2度と元には戻りません。

 そのため、ご高齢の方や喫煙者の方はその後の生活に多少の工夫が必要になることがあります。(長距離歩くときや階段を上る時にはゆっくり歩く、途中で休憩をいれるなど)

 また、手術は患者さんの安全を第一にしながら最善を尽くしますが、肺という臓器の特異性(心臓と協働しながら人の生命維持に直接かかわっている)や手術の特異性(手術中は手術をしない片方の肺だけで呼吸をする、心臓と肺の連結部分を直接操作する、など)のため、ある一定の確率で合併症は避けられません。

 合併症が発生した場合には追加治療が必要になることがあり、状況に応じて適切に対応させていただきますが、合併症の程度や病態によっては、命を落とされたり、寝たきりになって2度と社会復帰が出来なくなることもあります。過去のデータによると、そのような重篤な合併症が発生する可能性は1-2%と報告されており、さらに手術内容や過去の喫煙状況、持病の程度によってはそこからさらに可能性が上昇します。

出血

 手術が順調に行われた場合、胸腔鏡手術で100ml以下、胸腔鏡補助下小開胸手術で200ml以下の術中出血量が想定されます。(切除肺の中に含まれる血液は除く)しかし、血流の豊富な動脈や止血が難しい場所から出血し、予想を超えた出血をすることがあります。時には患者さんの命を危機にさらすこともあるため、宗教上の理由で輸血のできない方はあらかじめ担当医にお申し出ください。

術中大量出血

 胸部・肺は、心臓や大血管から直接枝分かれしている血管が複数存在し、そこからの出血をきたした場合には1Lを超える大出血となり、止血の目的で胸腔鏡から開胸へ、小開胸から大開胸へ移行することがあります。特に肺動脈を損傷した場合には、大量の輸血を要することや人工心肺装置を必要とすることもあり、術中死の報告もあります。

術後出血

 手術中の出血量にかかわらず、術後に再び出血することがあります。これは、血がかたまるためにある程度の時間を要することに起因します。48時間以内に起こることが多いとされていますが、抗凝固/血栓薬(血液をサラサラにする薬)を内服している方は、一週間後や退院後にも起こることがあります。術後出血のために輸血を必要としたり、再手術やカテーテルによる血管内治療を必要としたりすることがあります。

遷延性気漏/せんえんせい きろう

 手術では、切除する肺の部分と切除する必要のない肺の部分を切り離す必要があります。

その切り離した切り口から、空気が漏れることがあります。

 また、何らかの原因で胸の中に癒着があった場合には、その癒着をはがした部分の肺の表面が擦り剝けて、空気が漏れることがあります。

 

 多くの場合、空気漏れは自然治癒力によって4-5日の間に治ります。しかし、元の肺が喫煙により脆くなっていたり、空気漏れの量が多かったり、治りにくい場所だったり、ステロイド内服や糖尿病などの傷の治りが悪い状況にあったりした場合、自然には治らないことがあります。5日以上続く空気漏れのことを遷延性気漏と呼んでいます。

 

 空気漏れが1週間以上続く(と予想される)場合には、再手術や薬剤による胸膜癒着術などの追加治療を検討する必要があります。

気管支断端瘻/きかんしだんたんろう

 手術で肺をとるために気管支を切離します。術後に気管支の切り口(気管支断端)がうまく治らずに開いてしまうことを気管支断端瘻と言います。

 

 気管支断端瘻は、術後5日~1週間くらいのタイミングで発生することが多いですが、糖尿病などの創傷治癒が遅れる状況にある場合や、肺炎や出血などの術後合併症が発生した場合には手術後に時間が経っていても発生することがあります。

 

 開いてしまった気管支断端より気道内の汚い痰や、口と鼻から吸い込んだ外気が胸の中へ広がることで膿胸を発症し、またその汚染された胸の中の水を再び肺内に吸い込むことで重篤な肺炎を発症します。呼吸器外科手術合併症のなかでも重症度の高い合併症であり、死亡することもあります。

膿胸/のうきょう

 肺炎や肺瘻、気管支断端瘻、胸腔ドレーンからの感染などが進行することによって引き起こされる病態です。

 

 膿胸とは、胸腔(胸の中のスペース)へ細菌が繁殖し、膿(うみ)が溜まることです。肺の手術後では、もともと肺のあった場所が空間になっており、そこに細菌が「巣」を作るためとても治療が困難です。

 膿胸の治療には、まず胸腔ドレーンを挿入して膿を体外に出しますが、細菌の「巣」までは取り除けないことがあり、開窓術や胸郭形成術など複数回にわたる手術が必要になり、治療には年単位の時間を要することもあります。

*開窓術(写真):肋骨を3本ほど切り取り、胸の中にある細菌の巣に汚い膿がたまらないように穴をあけます。


他臓器損傷

 胸の中は非常に複雑な構造をしており、手術の操作によって肺以外の構造を傷つけてしまうことがります。それによって、追加治療が必要になったり、後遺障害を残してしまったりすることがあります。

横隔神経麻痺

 横隔膜を動かす、横隔神経が傷ついた状態です。通常、特別な追加治療は必要のないことが多いですが、片方の横隔膜が動きにくくなるため手術後の呼吸機能が予想以上に低下することになります。

反回神経麻痺

 反回神経とは、のどにある声帯を動かす神経です。傷ついてしまうと片方の声帯が動かなくなり、声が出にくくかすれた声になります(嗄声/させい)。嗄声になると、大きな声がだせなくなったり電話口の声が聞き取りにくくなったりします。

 また、声帯がしっかり閉じなくなるので食べ物や飲み物を誤嚥しやすくなり、誤嚥性肺炎を起こしやすくなります。

 手術後 2-3年経ってから声帯の手術により症状緩和の治療を行うことがありますが、完全に治癒するのはまだ難しいのが現状です。

自律神経(交感神経、迷走神経)の損傷

 自律神経は、胃や腸の蠕動運動や消化液の分泌、胸部の発汗をコントロールしています。片方だけの損傷の場合に症状がわかりにくい人もいますが、消化管の機能が悪くなったりする方や片方の汗が出なくなったりする方がいます。

リンパ管の損傷・乳び胸/にゅうびきょう

 腸で吸収された食べ物の一部は、リンパ液としてお腹から胸の中を通り、心臓に繋がる大血管へと入っていきます。その経路の途中を傷つけてしまい、リンパ液が胸の中へ漏れることがあります(乳び胸)。

 通常、手術前は禁食になっているため、手術中にはリンパ液の漏れに気付くことは困難です。手術翌日の食事をした後に気付くことが多いです。

 乳び胸になった場合、長期間の禁食と栄養確保のための特殊な点滴(中心静脈栄養)が必要になり、入院期間、治療期間ともに長期に及ぶことがあります。

創部感染

 創部が化膿したり、出血したりすることがあります。退院したあとでも、頻回に外来通院していただくことがあります。また、2次的な合併症(膿胸、血胸)の原因となることがあります。

肋間神経痛

 胸腔鏡手術・開胸手術によらず、肋間神経痛が高頻度に発生します。肺癌の手術では、肋骨と肋骨の間を広げて操作をするため、肋骨1本1本に沿って走っている肋間神経(体表の知覚神経)が傷ついてしまいます。早い人でも治まるまで1か月、多くの人は数か月残ります。人によっては1年以上続く場合や一生続く場合もあり、手術が比較的順調に経過した人の症状で最多となります。

 症状は痛みで感じることが多いですが、知覚過敏や知覚の低下、何となくの違和感など個人によって程度も種類もさまざまです。治療は鎮痛薬の内服や温熱療法などの対症療法となります。

咳/せき

 手術の後は、気管支や肺の変形により、咳が出やすい状況になっています。のど飴や咳止めの薬で対応しますが、数か月から年単位で続くこともあります。肋間神経痛に続いて多い術後の症状になります。

肺炎・無気肺/むきはい

 手術後には、手術の刺激による痰の増加や手術中に内側(気管支や肺内)に出た出血、手術後の痛みによる痰の出しにくさが原因となって肺炎を起こす危険があります。

 痰や出血、手術による気管支の狭窄などで肺の一部に空気が入らなくなった状態を無気肺といいます。無気肺は肺炎を引き起こします。

 喫煙者(元喫煙者を含む)の場合、喫煙による痰の増加、閉塞性換気障害による痰の出しづらさにより、無気肺や肺炎の危険性がさらに増加します。場合によっては気管支鏡で痰を吸引したり、輪状甲状靭帯切開術(痰を吸引するために喉に小さな穴をあけます)が必要になったりすることがあります。

 

 肺炎が長期化すると、薬剤耐性菌などが繁殖し、さらなる肺炎の悪化をきたすことがあります。その場合、気管切開や胃瘻造設が必要となり、社会復帰ができなくなる可能性があります。生命の危険を伴う場合もあります。退院できた場合でも呼吸機能の大きな損失のため、一生気管切開が必要になったり在宅酸素が必要になったりすることがあります。

肺水腫

 手術後には、全身の炎症反応が原因で体の中の水分バランスは乱れやすい状況になっています。体内で水分が増えすぎると、肺の中(特に奥深くにある肺胞という酸素を体内に取り入れる場所)に水があふれ、呼吸がしづらくなります。これを肺水腫といいます。

 利尿薬などの薬剤で治療を行いますが、心臓や腎臓が悪い人では特に多くの水が貯まりやすく、人工呼吸器が必要になることもあります。

 

 肺水腫は、心不全や腎不全単独でも起こることがあります。

 

 手術後は、毎朝体重を計っていただくことで水分の出納を推測しています。

胸水貯留

 肺を切除したあとに残るスペースには胸水が貯まります。これは適切な量であれば正常な生体反応です。しかし、手術後に起こる胸膜炎や体の中の水分バランスの乱れによって胸水が過剰に貯まってしまうことがあります。

 胸水が過剰に貯まると、残った肺を圧迫して息苦しさを感じることがあります。その場合、利尿薬の使用や胸腔穿刺で水を抜く処置が必要になります。

 

 開胸手術、胸の中に癒着や炎症のある場合に起こる可能性が高くなります。

間質性肺炎

 間質性肺炎という特殊な肺炎をお持ちの方は、手術により急性増悪をきたす危険があります。

 呼吸器外科手術後の間質性肺炎急性増悪は、救命率50%(2人に1人しか助からない)の最重症合併症で、常に呼吸器外科手術関連死亡原因の第一位となっています。

 

 発生リスクとしては、男性、過去に急性増悪を起こしたことがある、KL-6>1000、手術での切除範囲、肺活量の低下、CT所見などが報告されていますが、実際のところは正確にわかっていません。

 

 現在、間質性肺炎に対する治療薬(ピレスパ®、オフェブ®)が発売されており、術後急性増悪の予防効果が言われています。しかし根拠となる臨床データは現在検証中であり、まだ結果はでていません。間質性肺炎をお持ちの方は、術前によく担当医と相談して下さい。

呼吸不全

 通常、肺癌の手術後に在宅酸素が必要となることはほとんどありません。しかし、喫煙により元の呼吸機能が悪い方や、術後合併症が発生した方は、在宅酸素が必要になることがあります。

 

 在宅酸素療法は一時的、永続的の場合があります。3か月~半年経過すると、体が低酸素の状態に慣れるため、在宅酸素療法を終了できることがあります。半年経過した時点でも必要とする場合には、一生在宅酸素が必要になる可能性が高くなります。

心臓合併症

 肺は心臓に直接連結した臓器です。肺を切除する大きさが大きいほど、心臓への負担も大きくなります。

 肺を切除することによる心臓への負担、手術中の出血、周術期の循環動態の変化などにより、不整脈や心不全を発症する危険があります。

 

 心臓合併症の中には、心筋梗塞などの重篤なものが含まれます。

 

 喫煙者(元喫煙者を含む)、糖尿病、その他動脈硬化のリスクをお持ちの人は、リスクがさらに高くなります。

血液の循環が悪化することによる合併症

 周術期の循環動態の変化や心臓に関係する合併症の発生により、体中の血流が悪くなり、さまざまな臓器障害を起こす可能性があります。

 脳への血流障害は脳梗塞へと進展し、元に戻らない後遺症(半身麻痺や意識障害)の原因となり、残る人生が寝たきりになる可能性があります。

 

 腹部臓器(腎臓や腸)への血流が悪くなり、腎不全や腸炎を起こすことがあります。非閉塞性腸管虚血という珍しい病態では、腸がかなり広範囲に壊死(腐る)し、命を落とされる可能性があります。

 

 喫煙者(元喫煙者を含む)、糖尿病、その他動脈硬化のリスクをお持ちの人は、リスクがさらに高くなります。

入院による身体機能の低下・体内の代謝物による臓器障害

 入院中には、就寝・洗面・食事・トイレなどほとんどの生活動作が限られた狭い範囲で行われるため、日常生活に比べて身体活動が著しく低下します。そのため、胃腸の働きが弱まって便秘や胃もたれ、腹部膨満感などの症状が出ることがあります。また、高齢者の場合には足腰の筋力が弱まってしまったり、認知機能が低下してしまったりすることがあります。

 

 これらの症状は、入院が長くなれば長くなるほど悪化します。術後の回復具合にもよりますが、入院中には積極的に歩くことを意識していただき、退院可能なレベルに達した場合には1日でも早く退院し、日常生活に戻ることが大切です。

 

 高齢の患者さんで体力の低下が目立つ場合、急性期病院(大学病院や市中の基幹病院)では長期入院が出来ないため、自宅退院前にリハビリ病院への転院をお勧めしています。

 

 手術中や手術後には、普段使用する機会のない全身麻酔薬や鎮痛薬、抗生物質など多数の薬剤使用を必要とします。それらの薬による直接的・間接的影響で肝臓や腎臓に負担がかかり、機能障害をきたすことがあります。

せん妄

 手術後にみられる多彩な精神症状(意味不明な言動、幻覚、妄想、暴言、暴力など)です。数日以内に改善することが多いですが、長期間続くことがあります。

 脳への血流が低下することによる一時的な意識障害と言われており、喫煙者や高齢者、動脈硬化の強い人で起こりやすく、手術後の痛みや環境の変化(集中治療室など)、恐怖感や不眠がきっかけになったり症状を増悪させる原因になったりします。

 

 患者さんの安全を守るため、手足をベッド柵に縛り付けたり、体にベルトをつけたりといった身体抑制をさせていただくことがあります。全身状態が改善し、ストレスが軽減すると改善することが多いです。自宅退院によって治ることもあります。

首・肩・手の痛み、しびれ

 手術はわきの下から胸の中にアプローチするため、横を向いて手を上げた状態で行います。その体勢で数時間手術を行うので「極度の肩こり」のような状態になります。ストレッチやマッサージで改善することがほとんどですが、症状が強い場合には痛み止めの薬を使用することがあります。長引く場合には担当医にご相談ください。

その他の合併症について

 低い確率ではありますが、全身麻酔の手術には時に予想できないような合併症が発生することがあります。その中には重篤なものも含まれます。

 

 日本胸部外科学会の調査では、死因の最多は間質性肺炎急性増悪で、続いて肺炎、呼吸不全、心血管疾患(心不全・虚血性心疾患・不整脈)、脳梗塞、出血、気管支断端瘻などでした。