肺癌は日本で5大癌の一つに定められており、日本及び世界でもがんの中の死因で第1位です。しかも早期発見は難しく進行も早いことから、その罹患率も死亡率もまだ増え続けています。
健康診断や他の病気における検査で偶然異常を指摘され、肺癌の疑いがあると言われた患者さんは、漠然とした不安感や恐怖感を抱くかもしれません。そんな患者さんに対して正確な知識を身に付け、私達の標準的な治療をご理解していただければ幸いに思っています。中には少し難しい内容があったり、知りたくない予後についての記載もありますが、出来る限り安心して病気と向き合っていただけるよう努力いたします。
医師と患者が上下関係になるのではなく、医師・看護師・薬剤師などすべての医療スタッフと患者さんが同じ目線にたち、一緒に治療・療養計画を立てていくことが重要であると考えています。
気管支から肺胞に至る部分に発生する全ての癌を「肺癌」と呼びます。まず、がん(悪性腫瘍)とは、正常な細胞としての機能を失い以下の性質をもった細胞のことをいいます。
癌の発生には、細胞が増殖する時の偶発的なコピーミスや、様々な遺伝子異常が関係していると言われていますが、まだわかっていないことも多いのが現状です。
肺癌と一言にいってもいろいろな種類があります。その種類によっても異なりますが、全てに共通する原因は喫煙です。特に扁平上皮癌と小細胞癌というタイプの肺癌は、喫煙が原因でできる癌で、たばこを吸わない人はほとんどかかりません。腺癌などの他のタイプも、喫煙は発生率や進行速度を高める要因となります。
腺癌というタイプの中のさらに一部では、喫煙をしていなくてもEGFRやALKという名前の遺伝子に傷がつくことで癌が発生することがあります。このタイプの癌は、日本人の若年女性でたばこを吸わない人に増えており、近年問題になっています。なお、これらの遺伝子変異は後天的(生まれた後に起こるもの)であり、親から子へと遺伝するものではありません。
最近は日本でも喫煙をする人が減ってきましたが、先進国の中ではまだまだ喫煙者の割合が多く、たばこの値段も安く喫煙所も多いため、残念ながら日本は、禁煙に関して発展途上国と言わざるを得ません。
一人一人が喫煙の害を理解し、禁煙を心掛けていくことが大切です。
その他の原因としては、やはり外的要因が大きくなります。受動喫煙、放射線(ラドンや電離放射線、日光などの環境中に含まれる放射線)、アスベスト、慢性的な肺の病気(肺気腫、COPD、間質性肺炎、肺線維症、結核など)、血縁に癌にかかった人がいる(肺癌に限らず)、が挙げられます。
ちなみに、親から子供へ遺伝する肺癌というものは現在のところ明らかになっていません。
肺癌と一言に言ってもさまざまなタイプ(組織型)があります。その中でも、まず小細胞癌と非小細胞癌という大きな分類に分けられます。この理由は、小細胞癌と非小細胞肺癌で治療方法が大きく異なるからです。
小細胞肺癌
小細胞肺癌は喫煙者に発生する特殊な肺癌で、非常に進行が早く癌の本体がまだ小さいうちにも全身に転移をすることが多く、見つかった時点ではすでに手術治療の時期を逸していることがほとんどです。放射線治療や化学療法(抗癌剤)がよく効くタイプですが、その後の再発・再増大をきたした後は非常に予後が悪く、結果的には80%以上の人が初めの診断から数年以内に亡くなってしまいます。
非小細胞肺癌
非小細胞肺癌は小細胞肺癌以外のタイプの総称であり、タイプによっては治療効果や予後が異なりますが、治療方針が共通しているためこう呼ばれています。
非小細胞肺癌の治療の中心は手術となりますが、ステージ(癌の進行度)によっては手術に放射線治療や抗癌剤治療を組み合わせて治療を行っていきます。このことを集学的治療といいます。
しかし、ステージIII の一部とステージIVの患者さんは手術によって完全に腫瘍をとることはできず、初めから抗癌剤による化学療法(+放射線療法)になります。
肺癌に限らず、癌は発見された時点でどのくらい進行しているのかを評価されます。進行度に関係する因子としては、①癌の本体がどのくらい大きいか、どのくらい周りに広がっているか、②リンパ節に転移があるか、③他の臓器に転移があるか、があります。(TNM分類と言います)
肺癌の場合、その3つの因子を組み合わせて得られる進行度(ステージ)は以下のようになっています。ステージは、今後の治療方法を決める上でとても重要です。
0期:
I期:
II期:
III期:
IV期:
シアン:肺内リンパ節
黄:肺門リンパ節
赤:縦隔リンパ節
小細胞肺癌はまだ癌が小さいうちから転移することが多く、かつ放射線治療や抗癌剤治療がよく効くことより、治療の中心は抗癌剤が中心となり、まだ転移の範囲が狭いものに放射線治療を加えることになります。
そのため「まだ転移の範囲が狭いもの」を限局型(limited disease;LD)と呼び、範囲が広くて放射線治療ができないものを進展型(extensive disease;ED)と呼ぶことがあります。
なお、小細胞肺癌に対する手術はステージ I と II の一部の限られた患者さんのみですので、手術になることはほとんどありません。I期で手術になった患者さんでも、術後補助化学療法といわれる抗癌剤治療を追加する必要があります。
*ちなみに、限局型と進展型の分け方にはいくつかありますが、ここでは病変が同側胸郭内に加え,対側縦隔,対側鎖骨上窩リンパ節までに限られており悪性胸水,心嚢水を有さないものを限局型小細胞肺癌とします。これは日本肺癌学会によるガイドラインや多くの臨床試験で用いられている定義です。
I期: 手術療法
II期: 手術+抗癌剤による術後補助化学療法
III期: 手術+抗癌剤による術後補助化学療法
放射線+抗癌剤による化学療法
IV期: 抗癌剤による化学療法
手術を行う患者さんの場合、ステージは手術後の病理検査(顕微鏡の検査)によって決まります。手術前のCTやPET-CTなどの検査では、顕微鏡でしかわからないようなわずかな転移はわからないからです。また、喫煙者や結核にかかったことのある人、職業でアスベストや粉塵を吸入したことがある人は、癌のリンパ節転移なのか、癌以外のリンパ節の炎症なのか区別することはとても難しいのです。したがって、手術前にはI期だと判断されていたのに、手術後にII期やIII期だったということ、または手術前にリンパ節転移があると判断されていたのに、顕微鏡で調べても転移はなかったというケースがあり得ます。手術前と手術後でステージが違った場合、手術後のステージを優先します。