手術適応:
気胸手術の目的:
手術をうける場合には、適応と目的をはっきりさせておく必要があります。
気胸にはいろいろな原因があり(別ページ「自然気胸について」参照)、その多種多様な原因によって手術の複雑さも異なるため、綿密な作戦を立てる必要があります。
薄切 CT:
一般的に行われているCT検査ですが、機種とソフトウエアによっては0.25mm~1mmの厚さで体の断層を撮影することができ、さらに3D構築や縦方向、横方向の断層も描出可能です。たとえ気胸の診断の時にCTを撮影していても、手術前にはこの薄切CTで再検査する必要があります。
デジタルモニタリング・クランプテスト:
胸腔ドレナージ用のバッグにおいて空気漏れの有無や強弱の評価を行っていますが、チューブの位置や肺拡張の度合いによっては空気漏れの有無を評価することが難しいことがあります。
その場合、デジタルモニタリングのできる装置(トパーズ®)を使用して空気漏れの量を数値化して評価することや、留置しているチューブをはさんでわざと意味のない状態を作り、肺が虚脱するかしないかをレントゲンで確認する方法(クランプテスト)を用いて評価します。
胸腔造影:
すでに挿入されているチューブから胸の中へ、造影剤という薬剤を注入します。X線で胸の中を透視しながら、造影剤の中に発生する空気の泡を探し、どこから空気が漏れているのかを推測します。
この方法は、COPDや間質性肺炎など肺の嚢胞が多数ある場合や、過去の炎症や手術歴によって胸の中に複雑な癒着が形成されている場合に有効である可能性があります。
胸腔造影
直後にCTを撮影すると、空気漏れの原因部位に造影剤がたまる
胸の中にあるブラ(手術中)
胸の中には複雑な癒着あり、観察は困難
胸腔造影のおかげで短時間で空気漏れの場所を確認(手術中)
胸腔鏡手術:
気胸の手術は、基本的に全身麻酔での胸腔鏡手術を行います。胸腔鏡手術では1-2cmの傷を3か所または4か所つくり、胸腔鏡(カメラ)で胸の中を見ながら手術をします。
開胸手術(胸腔鏡補助下):
胸部手術歴や結核の既往・胸腔内の炎症・過去の気胸歴など、胸の中に複雑な癒着がある場合、あるいは血胸を合併しており速やかな止血を行わなければ命の危険があるときなど、胸腔鏡の手術では視野や操作スペースがとれないため、開胸手術が必要になることがあります。
局所麻酔手術:
通常、気胸の手術には全身麻酔が必要です。ただ、気胸患者さんの中には全身状態が悪く、全身麻酔に体が耐えられない場合もあります。その時にはやむを得ず、局所麻酔で1か所または2か所の穴をあけ、空気漏れを止める手術を行うことがあります。
しかし、局所麻酔手術では鎮痛できる範囲が非常に狭く、また胸の中を十分に観察できないため、術前のCTや胸腔造影などで空気漏れの場所があらかじめわかっていることが前提であり、成功率も決して高くありません。全身状態不良で他の治療法がない場合に行う方法です。
胸腔内の観察
まずは胸腔鏡(カメラ)を胸の中に挿入し、ブラの有無、癒着の有無、出血の有無、その他気胸の原因が特定できるような初見がないかどうかよく観察します。
若年の肺嚢胞(ブラ)
月経随伴性気胸
血気胸
空気漏れの場所の同定
もちろん、空気を目で見ることは不可能です。胸の中に水をいれ、自転車のパンク修理の時のように空気漏れを泡として確認します。
肺の表面にブラが多数存在する時や、はっきりとしたブラが見当たらない時、胸の中の癒着により十分な視野がとれないときなど、原因となっている空気漏れの場所を見誤ることなく手術を行うために、この確認は重要です。
ただし、空気漏れの勢いが弱い時など部位が確認できないこともあり、原因の場所がわからない場合には十分な手術ができないこともあります。
空気漏れの閉鎖
空気漏れの場所がわかれば、それを閉鎖する作業を行います。空気漏れを止めるためには原因部位を切除する方法が広く行われていますが、難しい場合には結紮(結ぶ)や縫合(縫う)によってとめることもあります。
退院後は、術後の肋間神経痛や咳などの症状によって通学/通勤、職場復帰が可能です。しかし、胸に力を加えるような「いきむ」動作はしばらく控えておく必要があります。
いきむ動作をすることは胸に強い圧力がかかり、肺を切った傷口が開いてしまうことがあります。しっかりと傷が固まるまでは2週間ほどの時間が必要ですので、無理はしないことをお勧めします。急激な気圧の変化にもご注意いただく必要があり、特に飛行機に乗る予定がある患者さんは、必ず担当医にご相談ください。
運動(部活動や体育の授業)や肉体労働に関しては、3週間目に軽い内容から始めていただき、1か月後に復帰するようにご説明しています。ただし、手術内容や術後合併症の有無によっても変わるので、具体的な療養計画については担当医にお尋ねください。
また、肋間神経痛や咳、息切れは1か月でも治まらないことがあり、職場や学校では疲れた時に休める環境を作ることも必要です。
これまで説明させていただいたように、気胸といっても原因は多種多様です。そのため、手術の複雑性(難易度)や体への負担も一人一人によって大きく異なります。
例えば、これまでに1度もたばこを吸ったことのなく、持病もない高校生であれば、手術は短時間かつ負担も少なくできると思います(それでも絶対安全ということはありませんが)。
ですが、高齢でヘビースモーカーだった場合、あるいは間質性肺炎や心不全などの持病をお持ちの場合は手術の複雑性(難易度)は上がり、体への負担も大きくなり、場合によっては重篤な合併症が発生したり、術後に一生在宅酸素が必要になったりすることもあるかもしれません。
手術は患者さんの安全を第一にしながら最善を尽くしますが、肺という臓器の特異性(心臓と協働しながら人の生命維持に直接かかわっている)や手術の特異性(手術中は手術をしない片方の肺だけで呼吸をする、心臓と肺の連結部分を直接操作する、など)のため、気胸手術といえどもある一定の確率で合併症は避けられません。
合併症が発生した場合には追加治療が必要になることがあり、状況に応じて適切に対応させていただきますが、合併症の程度や病態によっては、命を落とされたり、寝たきりになって2度と社会復帰が出来なくなることもあります。前述のように非喫煙の若者であればそのような可能性は非常に低いですが、喫煙習慣があり他の全身の病気をお持ちの方はそれらの程度によって可能性が高くなってきます。
出血
手術が順調に行われた場合、手術中の出血は50ml未満の少ない量ですみます。(切除肺の中に含まれる血液は除く)しかし、血流の豊富な動脈や止血が難しい場所から出血し、予想を超えた出血をすることがあります。時には患者さんの命を危機にさらすこともあるため、宗教上の理由で輸血のできない方はあらかじめ担当医にお申し出ください。
術中大量出血
胸部・肺は、心臓や大血管から直接枝分かれしている血管が複数存在し、そこからの出血をきたした場合には1Lを超える大出血となり、止血の目的で胸腔鏡から開胸へ、小開胸から大開胸へ移行することがあります。
術後出血
手術中の出血量にかかわらず、術後に再び出血することがあります。これは、血がかたまるためにある程度の時間を要することに起因します。48時間以内に起こることが多いとされていますが、抗凝固/血栓薬(血液をサラサラにする薬)を内服している方は、一週間後や退院後にも起こることがあります。術後出血のために輸血を必要としたり、再手術やカテーテルによる血管内治療を必要としたりすることがあります。
遷延性気漏/せんえんせい きろう
手術では、切除する肺の部分と切除する必要のない肺の部分を切り離す必要があります。
その切り離した切り口から、空気が漏れることがあります。
また、何らかの原因で胸の中に癒着があった場合には、その癒着をはがした部分の肺の表面が擦り剝けて、空気が漏れることがあります。
多くの場合、空気漏れは自然治癒力によって4-5日の間に治ります。しかし、元の肺が喫煙により脆くなっていたり、空気漏れの量が多かったり、治りにくい場所だったり、ステロイド内服や糖尿病などの傷の治りが悪い状況にあったりした場合、自然には治らないことがあります。
空気漏れが1週間以上続く(と予想される)場合には、再手術や薬剤による胸膜癒着術などの追加治療を検討する必要があります。
膿胸/のうきょう
肺炎や肺瘻、気管支断端瘻、胸腔ドレーンからの感染などが進行することによって引き起こされる病態です。
膿胸とは、胸腔(胸の中のスペース)へ細菌が繁殖し、膿(うみ)が溜まることです。肺の手術後では、もともと肺のあった場所が空間になっており、そこに細菌が「巣」を作るためとても治療が困難です。
膿胸の治療には、まず胸腔ドレーンを挿入して膿を体外に出しますが、細菌の「巣」までは取り除けないことがあり、開窓術や胸郭形成術など複数回にわたる手術が必要になり、治療には年単位の時間を要することもあります。
*開窓術(写真):肋骨を3本ほど切り取り、胸の中にある細菌の巣に汚い膿がたまらないように穴をあけます。
他臓器損傷
胸の中は非常に複雑な構造をしており、手術の操作によって肺以外の構造を傷つけてしまうことがります。それによって、追加治療が必要になったり、後遺障害を残してしまったりすることがあります。
気胸の手術は肺表面の操作であるため、他臓器損傷の発生する可能性はとても低いですが、胸腔内癒着のように胸腔内の状況によって起こることがあります。
横隔神経麻痺
横隔膜を動かす、横隔神経が傷ついた状態です。通常、特別な追加治療は必要のないことが多いですが、片方の横隔膜が動きにくくなるため手術後の呼吸機能が予想以上に低下することになります。
反回神経麻痺
反回神経とは、のどにある声帯を動かす神経です。傷ついてしまうと片方の声帯が動かなくなり、声が出にくくかすれた声になります(嗄声/させい)。嗄声になると、大きな声がだせなくなったり電話口の声が聞き取りにくくなったりします。
また、声帯がしっかり閉じなくなるので食べ物や飲み物を誤嚥しやすくなり、誤嚥性肺炎を起こしやすくなります。
手術後 2-3年経ってから声帯の手術により症状緩和の治療を行うことがありますが、完全に治癒するのはまだ難しいのが現状です。
自律神経(交感神経、迷走神経)の損傷
自律神経は、胃や腸の蠕動運動や消化液の分泌、胸部の発汗をコントロールしています。片方だけの損傷の場合に症状がわかりにくい人もいますが、消化管の機能が悪くなったりする方や片方の汗が出なくなったりする方がいます。
リンパ管の損傷・乳び胸/にゅうびきょう
腸で吸収された食べ物の一部は、リンパ液としてお腹から胸の中を通り、心臓に繋がる大血管へと入っていきます。その経路の途中を傷つけてしまい、リンパ液が胸の中へ漏れることがあります(乳び胸)。
通常、手術前は禁食になっているため、手術中にはリンパ液の漏れに気付くことは困難です。手術翌日の食事をした後に気付くことが多いです。
乳び胸になった場合、長期間の禁食と栄養確保のための特殊な点滴(中心静脈栄養)が必要になり、入院期間、治療期間ともに長期に及ぶことがあります。
創部感染
創部が化膿したり、出血したりすることがあります。退院したあとでも、頻回に外来通院していただくことがあります。また、2次的な合併症(膿胸、血胸)の原因となることがあります。
肋間神経痛
胸腔鏡手術・開胸手術によらず、肋間神経痛が高頻度に発生します。肺の手術では、肋骨と肋骨の間を広げて操作をするため、肋骨1本1本に沿って走っている肋間神経(体表の知覚神経)が傷ついてしまいます。早い人でも治まるまで1か月、多くの人は数か月残ります。人によっては1年以上続く場合や一生続く場合もあり、手術が比較的順調に経過した人の症状で最多となります。
症状は痛みで感じることが多いですが、知覚過敏や知覚の低下、何となくの違和感など個人によって程度も種類もさまざまです。治療は鎮痛薬の内服や温熱療法などの対症療法となります。
胸水貯留
肺を切除したあとに残るスペースには胸水が貯まります。これは適切な量であれば正常な生体反応です。しかし、手術後に起こる胸膜炎や体内の水分バランスの乱れによって胸水が過剰に貯まってしまうことがあります。
胸水が過剰に貯まると、残った肺を圧迫して息苦しさを感じることがあります。その場合、利尿薬の使用や胸腔穿刺で水を抜く処置が必要になります。
開胸手術、胸の中に癒着や炎症のある場合に起こる可能性が高くなります。
間質性肺炎
間質性肺炎という特殊な肺炎をお持ちの方は、手術により急性増悪をきたす危険があります。
呼吸器外科手術後の間質性肺炎急性増悪は、救命率50%(2人に1人しか助からない)の最重症合併症で、常に呼吸器外科手術関連死亡原因の第一位となっています。
発生リスクとしては、男性、過去に急性増悪を起こしたことがある、KL-6>1000、手術での切除範囲、肺活量の低下、CT所見などが報告されていますが、実際のところは正確にわかっていません。
現在、間質性肺炎に対する治療薬(ピレスパ®、オフェブ®)が発売されており、術後急性増悪の予防効果が言われています。しかし根拠となる臨床データは現在検証中であり、まだ結果はでていません。間質性肺炎をお持ちの方は、術前によく担当医と相談して下さい。
呼吸不全
通常、気胸の手術後に在宅酸素が必要となることはほとんどありません。しかし、喫煙により元の呼吸機能が悪い方や、術後合併症が発生した方は、在宅酸素が必要になることがあります。
在宅酸素療法は一時的、永続的の場合があります。3か月~半年経過すると、体が低酸素の状態に慣れるため、在宅酸素療法を終了できることがあります。半年経過した時点でも必要とする場合には、一生在宅酸素が必要になる可能性が高くなります。
心臓合併症
肺は心臓に直接連結した臓器です。肺を切除する大きさが大きいほど、心臓への負担も大きくなります。
肺を切除することによる心臓への負担、手術中の出血、周術期の循環動態の変化などにより、不整脈や心不全を発症する危険があります。
心臓合併症の中には、心筋梗塞などの重篤なものが含まれます。
喫煙者(元喫煙者を含む)、糖尿病、その他動脈硬化のリスクをお持ちの人は、リスクがさらに高くなります。
血液の循環が悪化することによる合併症
周術期の循環動態の変化や心臓に関係する合併症の発生により、体中の血流が悪くなり、さまざまな臓器障害を起こす可能性があります。
脳への血流障害は脳梗塞へと進展し、元に戻らない後遺症(半身麻痺や意識障害)の原因となり、残る人生が寝たきりになる可能性があります。
腹部臓器(腎臓や腸)への血流が悪くなり、腎不全や腸炎を起こすことがあります。非閉塞性腸管虚血という珍しい病態では、腸がかなり広範囲に壊死(腐る)し、命を落とされる可能性があります。
喫煙者(元喫煙者を含む)、糖尿病、その他動脈硬化のリスクをお持ちの人は、リスクがさらに高くなります。
入院による身体機能の低下・体内の代謝物による臓器障害
入院中には、就寝・洗面・食事・トイレなどほとんどの生活動作が限られた狭い範囲で行われるため、日常生活に比べて身体活動が著しく低下します。そのため、胃腸の働きが弱まって便秘や胃もたれ、腹部膨満感などの症状が出ることがあります。また、高齢者の場合には足腰の筋力が弱まってしまったり、認知機能が低下してしまったりすることがあります。
これらの症状は、入院が長くなれば長くなるほど悪化します。術後の回復具合にもよりますが、入院中には積極的に歩くことを意識していただき、退院可能なレベルに達した場合には1日でも早く退院し、日常生活に戻ることが大切です。
高齢の患者さんで体力の低下が目立つ場合、急性期病院(大学病院や市中の基幹病院)では長期入院が出来ないため、自宅退院前にリハビリ病院への転院をお勧めしています。
手術中や手術後には、普段使用する機会のない全身麻酔薬や鎮痛薬、抗生物質など多数の薬剤使用を必要とします。それらの薬による直接的・間接的影響で肝臓や腎臓に負担がかかり、機能障害をきたすことがあります。
せん妄
手術後にみられる多彩な精神症状(意味不明な言動、幻覚、妄想、暴言、暴力など)です。数日以内に改善することが多いですが、長期間続くことがあります。
脳への血流が低下することによる一時的な意識障害と言われており、喫煙者や高齢者、動脈硬化の強い人で起こりやすく、手術後の痛みや環境の変化(集中治療室など)、恐怖感や不眠がきっかけになったり症状を増悪させる原因になったりします。
患者さんの安全を守るため、手足をベッド柵に縛り付けたり、体にベルトをつけたりといった身体抑制をさせていただくことがあります。全身状態が改善し、ストレスが軽減すると改善することが多いです。自宅退院によって治ることもあります。
首・肩・手の痛み、しびれ
手術はわきの下から胸の中にアプローチするため、横を向いて手を上げた状態で行います。その体勢で数時間手術を行うので「極度の肩こり」のような状態になります。ストレッチやマッサージで改善することがほとんどですが、症状が強い場合には痛み止めの薬を使用することがあります。長引く場合には担当医にご相談ください。
その他の合併症について
低い確率ではありますが、全身麻酔の手術には時に予想できないような合併症が発生することがあります。その中には重篤なものも含まれます。
日本胸部外科学会の調査では、呼吸器外科手術における死因の最多は間質性肺炎急性増悪で、続いて肺炎、呼吸不全、心血管疾患(心不全・虚血性心疾患・不整脈)、脳梗塞、出血、気管支断端瘻などでした。
気胸の手術による死亡率は、原発性自然気胸では、対象が若いこともあって、手術による死亡率(手術後30日以内に死亡した人の割合)は全国で0.1%以下ですが、続発性自然気胸(高齢者、肺気腫など)では1%強となっており、同じ自然気胸でも原発性自然気胸の10倍近くあります(日本胸部外科学会調査Annual report by The Japanese Association for Thoracic Surgery. 2017年)。当院では0%(2019年~2020年の2年間)でした。