はじめに
今回は、術後管理の標準化を目指し(ある程度の)科学的根拠をもとに現場にあわせた術後スケジュールを作成しているのでその一部を解説する。
ただし、呼吸器外科の術後管理においてはまだ全国規模で標準化されたものはなく、担当医や施設によってさまざまな考えがあるのが現状である。あくまでその中の1例という程度で読んでいただければと思う。
手術直後指示
(当日)
- ベッドサイドモニター装着
- バイタル・SpO2・尿量・胸腔ドレーン同時チェック:帰室後2時間、18:00、0:00、6:00
- 酸素:マスク5L→帰室から6時間で鼻カヌラ3L、朝回診まで。
- 胸腔ドレーン:肺切除後は水封~5cmH2Oの低圧、肺切除がなければ10~15cmH2Oの高圧で吸引(指示入力あり)
- 安静度:ベッド上 30度までヘッドアップ
- 帰室6時間後に飲水可
- 内服薬の再開は翌朝回診で確認
術後ドレーンの吸引をどうするか。
担当医の好みでいいと思う。
Ann Thorac Surg 2023; 115: 845-53
水封(吸引なし) vs 吸引あり vs デジタルドレナージ
- 水封と吸引ありではエアリークの日数、ドレーン留置期間に差なし
- デジタルドレナージではむしろ長くなった。
空気漏れが止まる? 2つの説
1.肺をしぼめて止める
肺がしぼむと、胸腔内圧が高くなる。
肺の縮みと同時に空気が漏れている穴も縮む。
→空気漏れの量が少なくなり、自然治癒を期待しやすい。
2.肺を膨らませて止める
肺が膨らむことによって空気漏れの穴が胸壁にくっりき、胸壁によって蓋がされる。
→肺気腫などで自然治癒が期待できなくても、空気漏れを止められる可能性がある。胸膜癒着術の併用が有効。
私の好みは。
- 胸腔ドレーン:肺切除後は水封~5cmH2Oの低圧、肺切除がなければ10~15cmH2Oの高圧で吸引(指示入力あり)
基本的には強い陰圧をかけない。術後の空気漏れは肺を切離した部分(つまり正常肺)から漏れていることが多いので、まずは自然治癒力による停止を狙う。
全面癒着の症例など特殊な場合は、空気漏れがあろうが陰圧をかけて肺を膨らませることを優先することもある。
肺以外の手術(縦隔や胸腔)は空気漏れの心配がなく、肺をしっかり膨らませたいので強い陰圧をかけることが多い。
術後の"Dr. call"
【Dr. call】
- 収縮期血圧 160mmHg以上、または90mmHg未満
- 心拍数 120回以上、または50回未満
- SpO2 92%未満
- 尿量 6時間で150ml未満
- 胸腔ドレーン 血性排液が2時間以内で200ml
- 気になることや判断に迷うことがあればDr. call
呼吸器外科と出血
呼吸器外科で扱う血管、
それは心臓から直接出る血管!!
胸腔内は陰圧、
それは血が止まりにくい環境!!
呼吸器外科手術における出血は致死的になることが珍しくない。
術後出血は、ためらうことなく再開胸を行うことが患者を救う。
気管支動脈からの術後出血。
CPAになり病棟のベッド上で開胸止血。
*後遺症なく無事に退院しました。
術後注射薬
(当日)
- メイン輸液 60-80ml/H
- 抗菌薬 帰室6時間後に投与
- オメプラゾール注射用®20mg + 生食10ml 静注(前後フラッシュ) 夕投与
- ブロムヘキシン注射用® 4mg + 生食 50ml 静注 夕・翌朝投与
- アタラックスP ®25mg + メトクロプラミド注®10mg + 生食50ml 静注 帰室時投与
- アセリオ 1000mgバッグ® 15分で静注 眠前・翌朝投与(帰室時間が早ければ日中追加)
Post Operative Nausea and Vomiting: PONV
術後悪心嘔吐(PONV)は術後合併症の一つとして患者に強い苦痛を与え、早期離床や経口摂取の妨げとなる。
Apfelスコア
スコアによるPONV発生頻度
0-1点: 20%以下
2点: 40%
3-4点: 60-80%
国内からの報告:PONV対策チームを発足させ、対応を行った前後での食事摂取量比較した。
・手術から日が経過するにつれて食事摂取量は改善する傾向がみられた
・施行前と比較して施行後の方が食事摂取量が多い傾向がみられた
第63回 日本肺癌学会学術集会
渡邉、出嶋、他
PONVに対する薬剤
- オンダンセトロン塩酸塩水和物(オンダンセトロン®)
- ドロペリドール(ドロレプタン®)
- デキサメラゾン(デカドロン®)
- ヒドロキシジン塩酸塩(アタラックスP®)
- メトクロプラミド(メトクロプラミド®)
- ドンペリドン(ナウゼリン®)
- プロクロルペラジン(ノバミン®)
*日本では保険適応の壁がPONVに使用できる薬剤を大きく制限している。
- アタラックスP ®25mg + メトクロプラミド注®10mg + 生食50ml 静注 帰室時投与
あとは個人のリスクや症状によって追加する。
術後疼痛
呼吸器外科手術の開胸法
- 皮膚/皮下組織切開:表在体性痛
- 筋肉切離/骨切断: 深部体性痛
- 肋間の開大: 神経障害性疼痛
めちゃくちゃ痛い!!
痛みの感作 “Pain Sensitization”
- 反復した痛み刺激を受けることによって神経が活性化され、痛みの信号が増強される現象
つまり、痛みを感じれば感じるほど、脳が痛みを記憶し、痛みの閾値が下がると共に痛みの信号が増強される。
頓用薬剤 → 痛みを感じてから投与する。
定期薬剤 → 痛みに関係なく投与する。
痛みの感作の概念からすると、頓用薬剤よりも定期薬剤でコントロールすることが理想。
- アセリオ 1000mgバッグ® 15分で静注 眠前・翌朝投与(帰室時間が早ければ日中追加)
今後は、セレコキシブの手術当日内服(術前の朝、術後の夕)も始める予定。
本日のまとめ
- 術後の吸引圧:実際は担当医の好み。マイナーリークなら、水封だろうが吸引だろうが変わりはない。 ただし、高度なリークがある場合には、個別の対応が必要。
- 術後出血:一般的な術後出血と同じに考えていては危険なことがある。再開胸は躊躇しない。
- PONV:離床や経口摂取のさまたげになるだけでなく、何より患者さんにとてもつらい思いをさせてしまう。薬剤は限られているが、できるだけ対策を。
- 術後疼痛:痛みの感作。鎮痛薬投与の理想は、痛みを感じる前に定期投与。