肺癌手術を受けた人たちのその後

はじめに

 癌に対して早期発見、早期治療がよいことは間違いありません。肺癌でも、2023年の現時点では「治癒」を最も期待できるのは手術による「完全切除」です。

 しかし、癌細胞も自分自身が生き残るために必死です。体から取り除かれる前に体のあちこちに散らばって、再起を狙っています。

 

 では、これまでに肺癌の手術を受けた人達は癌を完全に体から取り除けたのでしょうか?

 

 世界肺癌学会の機関雑誌である「Journal of Thoracic Oncology」に、日本人の肺癌手術を受けた人たちの「その後」が論文として発表されています。

Jiro Okami, Yasushi Shintani, Meinoshin Okumura, et al.

Demographics, Safety and Quality, and Prognostic Information in Both the Seventh and Eighth Editions of the TNM Classification in 18,973 Surgical Cases of the Japanese Joint Committee of Lung Cancer Registry Database in 2010

J Thorac Oncol. 2019 Feb;14(2):212-222.


 日本にある297の病院から合計18973人もの肺癌手術患者さんのデータが集められました。そして、その患者さん達が手術後にどうなったのかを調べています。

ステージ別の予後

 予後について。Over all survival(全生存)という言葉とDisease-free survival(無再発生存)という言葉があります。これらはある一定の期間(5年で区切られることが多い)経過した時点でどれくらいの人が生きている、あるいは再発せずに生きている、というものを表しています。

 

 今回の調査では、18973人全ての人達での5年生存率(5年後にその人が生きていた割合)は74.7%、5年無再発生存率(5年経っても再発すらしなかった人の割合)は67.8%でした。

 

 ですが、その中でも癌の進行具合は人それぞれです。まだどこにも転移しておらず癌も小さいうちに発見された人と、癌が大きくなってから、あるいはリンパ節に転移してから発見された人とでは手術後の予後も違うはずです。

 

 手術を受けた人の場合、手術で取り除いた腫瘍を病理検査(顕微鏡による検査)で評価し、ステージが決定します。肺癌のステージは、I→II→III→IVの順に進行していき、AとBの内訳がある場合はA→Bの順に進行していきます。

切除後のステージによる、5年後も生きている人の割合です。

  • ステージ IAで 88.9%
  • ステージ IBで 76.7%
  • ステージ IIAで 64.1%
  • ステージ IIBで 56.1%
  • ステージ IIIAで 47.9%
  • ステージ IIIBで 30.2%
  • ステージ IVで 36.1%

*そもそも、ステージIVは「手術ではとりきれないほど癌が広がっていた」というステージなので、実際には手術でとりきれずにその後抗癌剤で治療を行った人達だろうと推測しています。

切除後のステージによる、5年間再発しなかった人の割合です。

  • ステージ IAで 84.3%
  • ステージ IBで 65.8%
  • ステージ IIAで 49.7%
  • ステージ IIBで 46.3%
  • ステージ IIIAで 27.8%

*5年生存率と同様に、ステージIVは「手術ではとりきれないほど癌が広がっていた」というステージなので、再発という概念がありません。


 どうやら、手術で完全に癌を切除してもステージ IIIになると7割以上の人が後に再発し、5年後に生きている人は半分を下回るようです。肺癌の治療はどんどん進歩しているとはいえ、まだまだその後は厳しいのが現状のようです。

 一方で、ステージ IAの場合には再発が1割5分、5年後に生きている人は9割近くとなっており、やはり早期発見、早期治療で高い治癒の可能性が期待できます。

※5年生存率というのは、あくまで「生きている人」の割合です。亡くなってしまった人たちの死因は問いません。肺癌以外の原因(心筋梗塞や脳梗塞、肺炎や交通事故など)で亡くなってしまった人たちも、肺癌で亡くなってしまった人たちも同じように扱われています。

 

 ちなみに、過去のデータ(2004年時点)と今回のデータ(2010年時点)を比較すると、各ステージにおいて2-5%の5年生存率上昇が見られます。

手術直後について

 本ページにあるように、肺癌の手術そのものにも危険は伴います。肺は心臓と一体になって全身に血液を送り、酸素や栄養分を届ける役割をしています。そこを手術で操作するということは、体にもそれなりの負担がかかるということです。詳しくは肺癌の手術についてのページをご参照ください。

 手術後に何らかのトラブルが発生し、手術後30日以内に亡くなってしまった人は0.43%(81人)、90日以内に亡くなってしまった人は1.3%(240人)でした。

 

 また、手術後をしたことによるトラブル(合併症)で、重症度のグレード3以上だった人は8.3%(1573人)でした。

  • 重症度グレード3:再手術やカテーテル治療、内視鏡治療など、濃厚な追加治療が必要な状態
  • 重症度グレード4:グレード3のような濃厚な治療が必要になった上に集中治療室での治療が必要な、命に危険が差し迫った状態
  • 重症度グレード5:死亡

 なお注目しておきたい点は、たばこを吸っている/いたかということです。

 たばこを吸っている/いた人は、吸っていなかった人に比べて手術後の死亡率が6倍、グレード3以上の合併症発生率が2.5倍高くなっています。

さいごに

 この論文で解析している患者さんのデータは、2010年の1月1日から12月31日までのものです。患者さんが5年後にどうなっているかということまで調べているのでそのくらいの時期になってしまうのですが、肺癌の治療はその間も進歩しています。

 

 現在は、当時なかった手術の手法や機械、よりよい術前/術後の抗癌剤治療が開発されています。現在(2023年)はこのデータよりもさらに患者さんの予後が良くなっていると信じたいところです。

 

 また、肺癌のステージも少しずつかわってきています。この論文で解析された患者さん達の時には「肺癌取り扱い規約 第7版」というものが使用されていましたが、現在は「第8版」に改定されており、さらには2024年1月から「第9版」に改定がされる予定です。

 

 この20年くらいの間に肺癌治療は劇的に進化していますが、まだまだ患者さんを満足させられる結果には到達していないのが現状だと思います。これからもさらなる研究を重ね、いつかは高血圧などと同じように、たとえステージ4でもうまく付き合っていけば癌によって寿命を脅かされることのないようになるといいなと思っています。